2011年12月14日水曜日

子どもたちのわたしの評価

本校では、今月「学校評価」を行った。
児童・保護者・教職員別にアンケートがある。
アンケートは4段階評価である。

高学年は、専科が関係してくる(本校では3教科)ため、
授業についての評価は、全て私の評価というわけではない。
それでも、大部分は私であるから、気になるところだ。

とはいえ、主観によるアンケートである。
気にしすぎる必要はないが、気にする必要はある。
やはり、児童と保護者の評価は、結構食い違うものだ。

そりゃあ、30人以上も担任すれば、
私と合わないであろう保護者もいるはずだ。
そんな保護者は、自由記述欄に、
私の授業にも専科の授業にも意見を書いている。

ちなみに、私の授業については、
「算数で式と答え以外に書くことが多すぎる。」と。

私は、そんな解答をつくろうものなら、
逆に親から叱られたものである。「過程を残せ」と。

現に、中学校以上では、数学の解答用紙に、
ただ枠だけが示されることがある。
思考の過程を、採点者に示すためだ。
このようなトレーニングも必要だとは思うのだが。

これについては、あまり気にしていない。

保護者の中には、「分かりやすい授業を行っているか。」
という設問に対して、
4段階中、下から2番目の評価をする保護者もいる。

しかし、子どもたちは、一番上か上から2番目だ。
授業を受けているのは、何より子どもたちだから、
子どもたちからそう評価されたのは嬉しいことだ。

中には、「これからも分かりやすい授業をしてください。」
というコメントを書く子どももいた。
これも嬉しいことだ。

だが、全員からそう書かれるようにしたいと思った。
決して驕らないこと。謙虚でありたい。

だから、先の保護者に対しても、
学級通信で、
「なぜ、全員同じ解き方で解かせるのか。」ということについて、
触れていきたい。こちらから近寄っていくしかないし、
それも教師の仕事の一つだろう。
たまに、教育観を語らねば、
学級通信はただの広告や報告書に過ぎなくなってしまう。

最後の連については、別記事で。

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