2012年7月24日火曜日

長期休みは「はひふへほ」

夏休み、(秋休み)、冬休み、春休みという長期休業。
子どもたちの生活が、学校中心から、家庭・地域中心へとシフトする。

今年度は、生活指導担当になり、
夏休み前の朝会で、子どもたちに話をすることになった。

私は今までクラスでも「はひふへほ」を話している。

は  早寝・早起き
ひ  火遊びしない(夏場なら花火、冬場なら乾燥)
ふ  不審者に気を付ける
へ  勉強する
ほ  欲しがらない(=ねだらない、万引きしない)

テンポ良く出していく。

「『は』は何だと思いますか~?」などと聞いて間延びさせない。

テンポ良く出していくと、子どもたちは自分の頭で予想する。

そこで正解を告げると「あぁー!!」と驚きの様子だ。
ごちゃごちゃおしゃべりは一切なかった。
話も短く終えた。だから印象に残るものである。

どの休み前にも使える。
今年度はこれで通していこうかと考えている。

2012年7月23日月曜日

夏休みの事務仕事(個人)

夏休みの仕事の柱は2本。

・保健簿清書

・あゆみ下書き(本校は2学期制のため)

あゆみは、学級児童数を出勤日数で割り、1日に進める量を確定する。
(ちなみに、今年は1日2人分書くと余るくらい)

1日2人なら、じっくりと文章を考え、子どもの顔を思い出して作業できる。

2012年7月19日木曜日

筆記用具にこだわる

100均で売られている文房具と、文房具店で売られている文房具の比較である。
「えんぴつ」「赤えんぴつ」「消しゴム」の3点についてだ。

消しゴムについては、そこまで差を感じなかった。

しかし、えんぴつと赤えんぴつについては、使用感がかなり異なる。
100均商品は、ざらつき、書いているとどこかつっかえる感じがある。
一方、文房具は滑らかだ。紙に吸い付く感覚さえある。

試しに、クラスの子数人に試してもらったが、
全員が「こっちがいい!」と文房具の方を使いやすいと言っていた。

100均商品は、「おもちゃ」同然である。メモに使うなら十分であろう。

しかし、子どもたちの仕事は「学習」である。
世の中の仕事は、それぞれの世界にプロの道具がある。
子どもたちにとっては、「文房具」がプロの道具でなければならない。

訳のわからないキャラクターが印字されている鉛筆よりも、
三菱やトンボなどのシンプルな鉛筆が良い。
学力の高い子は、軒並みこういう文房具を使っている。
親がそういう意識をもっていることも多い。

伝えるだけではだめなので、
個人面談期間中、親が待つ場所である廊下に「試し書きセット」を準備した。
その反応はまだ聞いていないが、体験してもらうことで、
少しでもわたしの思いが伝わればと思う。

校長はわたしの考えに深く賛同してくださり、
区の研究会で広め、学校中に広めようとしてくださった。
ありがたいことだ。
職員からは反応がかなりあった。

一昔前なら、100均すらなく、このような心配はなかっただろう。
しかし、モノで溢れかえる現代では、このような情報発信も必要である。

嘘だと思うなら、大した出費にはならないので、
文房具と100均商品を買い、ご自身で試してみるとよい。

学級だより50号到達

明日が夏休み前、最後の登校日だ。
明日で学級だよりが50号に到達する。達成感がある。

今月に入って、毎日のように発行している。
かなり家庭での話題の共有になっているようだ。

晩ご飯前に一緒に読む家庭。
子どもが渡すときに、一度読ませる家庭。
ちょっとした時間に、話題にする家庭。

活用の仕方は様々だが、良いことだけでなく、
悪いこと、考えたいことも伝えることで、風通しが良くなっている。

個人面談が今日で終了したが、「学級だより」が一番話題に登った。
読んでの感想がかなり寄せられた。書き手としては嬉しい限りだ。
意外にも(?)親は教師の考えを知りたいものなのだと教わった。

わたしは、A41枚にまとめる。
親が共働きで忙しい家庭もあるだろうから、読み切りタイプを心がけている。
写真があれば、写真は分かりやすく大きく載せる。
印刷するときも、写真がよりよく印刷される印刷機の順番を待つ。

とにかく伝えたいことを書く。
子どもにする「趣意説明」も合わせて書く。

「筆記用具」について書いた号が、区の国語研究会で配布された。
校長からは事後報告であったが、悪い気はしない。
区に発信された学級だより。そうそうあるものではないだろう。
それと同時に、職員全員にも配布された。(事後報告・笑)

この内容については、わたしも聞いたときは興味深かったので、
改めてお知らせしたい。

じゃんけん・くじ引きで決める

わたしは、大抵のことは「じゃんけん」で決める。

たとえば、委員会活動に、「運営委員会」「計画委員会」「中央委員会」などと
呼ばれるものがある。
児童会を切り盛りする中心的委員会だ。
かなりの数の教師が、「エリート」を欲しがる。
こればかりは「やりたい」と「できる」が違うのだという。

こういう話に、わたしは身の毛もよだつ違和感を覚える。

所詮は「小学校」内での話なのだ。
何をそんなにエリートばかりを寄せ集めたがるのだろうか。
他の委員会だって大事である。

一番疑問なのが、子どもたちを「できるようにさせる」のが教師の仕事である。
そこを楽しようとしているのだから、怠慢としか思えない。

こんな手順を踏んでいる学級がある。

  立候補 → いなければ推薦 → 演説 → 投票


一見民主的なようだが、小学生の投票など、所詮は「人気投票」なのである。

割とできる子たちの気持ちを考えたことがあるだろうか。
わたしの小学生時代は優等生に入るから、この点は力説できる。

普段から勉強できる子たちが選ばれる。
提出物も抜けなく出すし、トラブルもそうそう起こさない。
なのに、「推薦」などというまやかしで、嫌な役を押し付けられる。
普段、提出物も出さない、トラブルも起こす他の子は、
休み時間に何の悪気もなく遊んでいる。
こっちは、毎日のような集まりで休み時間がないようなものなのに……。

こういう点から考えている教師がどれだけいるのだろうか。

多くても十数年しか生きていない子どもたちに、
なぜ優劣を教師が主導となってつける必要があろうか。

2012年7月14日土曜日

後転の基本

6年生に試しに「後転」をさせてみた。
すると、見るに堪えない光景が広がった(^^;)
私は確かに「後転」をするよう指示したはずなのに、みんなゴロゴロ転がるばかり……。

即刻「ストップ!」と叫び、後転の指導を始めた。

後転は、「ゆりかご」から始まる。
ゆりかごの振れ幅を大きくしていく。
次は、後ろに転がったとき、脚を伸ばすようにしていく。
最終的に、脚をつき、手でぐっと押し上げると後転である。
(正座で着地してしまう子がいるが、これは後転ではない。)

かくして、後転できる人数をどんどん減らしていった。

個人面談で、子どもが家の布団でやってみせたという。
結果、布団ではうまくいかなかったようだが、保護者の話では、

「今まで、このようにやり方を教えてもらったことは初めてでした。」

と言うのだ。

体育は、「できる」から「楽しい」のだ。

教科書通りに教える(「拡大図と縮図」東書6上)

算数は、教科書通りに教える。
「問題解決型学習」のように、教科書を開かせないで、「自力解決」という名の指導放棄はしない。

特に算数の教科書はよく考えられて内容構成されている。
もちろん、鵜呑みにするわけではないが、思考の流れを重視して授業する。
だから、時には教科書の解く順番を変えるときもある。

個人面談期間中だが、ある保護者から
「算数が分かりやすいと娘が言っています。先生、お好きなんですか?」
と嬉しい言葉をいただいた。
また、別の保護者からは、
「自分から勉強するようになりました。」
とも言っていただいた。

教師として、本分である「授業」についてこう言っていただけるのは幸せなことだ。

わたしは、とてもハイテクな教材を使うわけでもないし、紙板書などもしない。

教科書通り(を目指して)教えているだけだ。

ちなみに、「拡大図と縮図」の平均点は90.3点。
「縮尺の利用」が難しかったようだ。

子どもの自尊心向上にもつながるのではないだろうか。