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2012年2月2日木曜日

専科の指導力

来週、午後から出張の日があるため、
専科で埋められないかと専科の先生に予定を伺ったときのことである。

どうやら、私のクラスが「音楽は息抜き」の状態になっているらしい。
そして、それは私の指導力が足りないのでは?ということらしい。

そんなの責任転嫁も甚だしい。
専科の時間は、専科担当の責任において行われているのだ。

相手が変われば、接し方が変わるのは大人も一緒だ。

それが子どもとなれば、それは顕著なわけで、
学級担任でなくとも、授業のシステムづくりは大切かつ重要なのである。

私は、専科の授業で特別教室に連れて行くとき、
必ずあいさつをして入室する。
そうすると、後に続く子どもたちもあいさつをする。素晴らしいことだ。

しかし、その子どもたちのあいさつを返さない教師がいる。

私は、専科の授業が終わるのを教室で待っていると、
子どもたちは「ただいま!」と言って帰ってくる。
私は、その言葉1つ1つに対して「お帰り」と言う。
「ただいま」の回数だけ、「お帰り」と言う。

そんなこともしない。
授業では滅多に(だいたい0回)褒めない。
指示の順番がぐちゃぐちゃ。
授業をパーツとして組み立てられない。
授業のテンポが悪い。

こんな状態にさらされていたら、
そりゃあ子どもたちだって、いい子でいたいとは思えない。

そんな教師に、我がクラスの授業態度を批判する筋はない。

教師の授業力は、教職経験年数に比例しないことは、常識だ。
「ベテラン」の蜜を吸いすぎている教師が、山ほどいる。

2011年12月21日水曜日

進度調整

今日、学年で進度を確認した。
総合的に、私のクラスが一番進んでいた。


【国語】
「天気を予想する」「同じ読み方の漢字」まで終えた。
年明けからは「千年の釘にいどむ」からである。
これは学年ほぼ一緒。
校内研究の関係で「論語」は学習済み。

【社会】
私のクラスは「自動車生産」まで終えた。
他のクラスは「水産業・食料生産」までである。
中単元1つ分早い。
しかし、これでも指導計画よりは遅れている。
テストの問題も照らし合わせて、やや早めに進め、
卒業式練習が始まる2月中旬までには、
指導計画通りに進めたい。

【算数】
私のクラスは、「百分率とグラフ」に少し入った。
少し入っておけば、年明けは、確認しながら、
スムーズにスタートできるからである。
他のクラスは「分数のたし算とひき算」まで。
1単元分残している。

【理科】T1の先生がいるため、お任せ。
担任以外の授業時間は優先的に確保されるから、
1ヶ月くらい早く進んでいるとのこと。


内容の3割増は確実に現場を苦しめている。
6年生の算数には「場合の数(樹形図)」も入っているという。
驚きだ。私は中学1年生で勉強した。

来年度は、4月からエンジン全開でいきたい。

2011年12月5日月曜日

研究授業の参観者としての心得

校内でも研究授業が行われる。

1年生の古典単元を参観したときのことだ。
自分の好きな昔話を紹介するというのが、
本時展開の中でも柱だったようである。

往々にして教師には世話好きな人が多い。

この日も、活動が始まるや否や、
何名かの教師がグループになっている子どものところへ行く。
そこで、時折何かを話しながら活動を進めさせている。

私はこのような光景を見ると、不思議でならない。

普通、授業というのは教師1人で行うものだ。
「T.T(Team Teaching)」という形式もあるが、
ほとんどは教師1人で行う。

ということは、この研究授業のように、
1人で進められない授業は「授業」として成立しないのである。

いや、正確に言えば、勝手に補助に入る教師のせいで、
授業が成立しなくなっているのである。
さらに、班で話し合い活動をしているところに、
お節介な教師が介入すると、
話す子どもは、その介入してきた教師の方を向いて話す。

作業している子どものノートを見るのはいい。
むしろ、子どもの事実を掴んで研究会に臨むことは大切である。
しかし、同じ勤務校の同僚であっても、
他の人の授業を参観するにあたっては、
越えてはいけない一線があるように、私は思う。

2011年11月27日日曜日

行事 vs 日々

来月に区球技大会が控えている。
5年生の行事で、どうやらどの区でも行われているらしい。

なぜ「5年生」なのか?
6年生には体育大会があるからか?
たった数時間試合をしただけで、親睦が深まるのか?
こうでもしないと、技能が上がらないのか?
ねらいが達成されたかの検証は行われているのか?

謎だらけの行事であるが、
やるっていうんだから、やるしかない。

この行事やら運動会前になると「体育」の時間が増える。
だいたいの子どもたちにとっては問題なく、
一部の子どもたちは体育が多いと喜ぶ。

私が日々疑問なのは、それが「学校なのか」ということだ。

ある先生は、
「社会のこの単元は読んで終わりにするかな(笑)」
と言うときがある。

これは犯罪に近い。
経験がある人が言うのだから、なおさら悪い。
それならば、こういう体育の時間を減らせばいいのだ。

保護者はどちらの先生を信頼するだろう。

行事前は熱心に体育を行うが、
その分のしわ寄せが他教科に及び、
下手すれば読んで終わりの単元もある先生。

行事前の体育の時数はやや不足気味だが、
日々の授業はコンスタントに行い、
読んで終わりにしない先生。

私は絶対に後者だと思う。

前者のような先生は、絶対に
「一つの行事には、子どもたちの達成感を」
なんて決まり切ったことを言う。

そんなのは分かっている。

もちろん、行事も一生懸命、授業も一生懸命が理想なのだが。

少なくとも前者のような先生にはなりたくないし、
なるつもりもない。

このような「体育」や専科の関係で、
月曜日に自分がクラスで行う授業は、なんと1時間だ。

元々、その1時間さえも外国語活動にあてられるはずだった。
しかし、それではいけないと思い、
無理矢理外国語活動を翌日に移動してもらった。

火曜日には、外国語活動と国際理解教室が1時間ずつある。
それでも、月曜日に1時間授業をすることが大事だと判断した。
もちろん、その1時間は「算数」をする。

自分のカリキュラム・マネジメントの甘さを痛感する。
やはり、4月からの積み重ねが大事なのだ。
来年度の大きな目標ができた。

2011年11月17日木曜日

中学校の授業

今日は、中学校の授業参観に行った。
「小中交流」で、学区の小学校が参観に来る。
年に一度の行事である。

世間一般には、中学2年生が「中だるみ」と呼ばれている。
2年生の担当となれば、おそらく口酸っぱく言うのだろう。
(私も、中2では言われてきた。)

ところが、一番落ち着きのないのが1年生だった。
参観者がいるという条件はあっても、
それは全学年共通であるから、関係ない。

落ち着かないのならまだよい。
何より驚いたのが、その落ち着きのない状態を、
授業をしている教師が放置しているということだ。

その教師は、子どもの言葉をほぼ聞き流し、
緩急のない常に大きな声で、
ある特定の生徒とのやり取りのみで授業をしている。

褒める言葉や励ます言葉などない。
たまに注意するくらいだ。
それも、年配の先生に多い。
若手の先生の授業の方が、遥かに落ち着いていた。

年配の先生は、教卓から一歩も動かない。
PCをTVにつないで授業をしている先生がおり、
一見、授業方法を工夫しているように思えたが、
意図がよく分からない用い方であった。
見かけ倒しだ。
そして、褒めない。

同じような状況が、自分のクラスでなっていたら、
私は間違いなく「崩壊予備軍」と称すだろう。

一方、若手の先生。
褒め言葉こそほぼない状態であったが、
問題を解くとなると、一生懸命に机間巡視をしていた。
一生懸命な感じが、生徒に伝わっているかもしれない。
そして、板書が年配の先生より丁寧であった。

一般的に考えて、
小学校の先生の方が、授業の上手さは上だと感じた。

2011年11月15日火曜日

教え残しを出さないために

今日、職員室で少しの間、進度について話題が出た。

算数は、4年生も6年生も
下巻に入っていないクラスがほとんどらしい。
我が5年生も、
隣のクラスが明日から下巻に入れるくらいで、
他1クラスはまだ上巻だ。

ちなみに、私のクラスは、
下巻で10時間目の授業を明日行う。
とはいっても、指導書通りの進度である。
(本当はもう少し早く進みたかった)

最新号『教室ツーウェイ』の特集の題は、
「分厚い新教科書・積み残しを出さない工夫(算数・理科編)」だ。
巨大教育雑誌で特集が組まれるほど、
積み残し・教え残しは全国的な課題なのであろう。

新学習指導要領の影響が大きい。
あと1ヶ月半で今年の授業が終わる。
そろそろ調整しないと、本当にまずいことになる。

ちなみに、私も反省がないわけではない。

国語(光村) やや遅れているが、今日から「大造じいさんとガン」。
まだ取り返せるし、そこまで焦るほどではない。
漢字も単元と同時並行で、スキルは下巻。

社会(光村) これが一番まずい。指導書より1ヶ月遅れだ。
社会科見学の都合で、「水産業」の前に「自動車工業」を行った。
明日から、「水産業」に入る。(秋のサンマが教科書に出てくる)
単元一つ一つの時数配当が多いので、
その辺を工夫して取り返したい。

算数(東書) 先にも触れた通り。現在「分数のたし算とひき算」
約分・通分が終わり、明日はいよいよたし算を指導する。
指導書通りの時間配分でいけば、
冬休みに入る3日前に12月配当の単元が終わる。
校内では進んでいる方の私のクラスでさえ、ギリギリである。

来年度は、教師達の意識もだいぶ変わるのではないかと思う。

2011年11月13日日曜日

授業時間を守るために

「授業時間」ラベルの一番最初の記事で、
授業時間を守ることについては触れた。

そのために、45分間の組み立てをし、
そして授業中は時間を気にしつつ授業をする。

なので、私は教室の後方の壁に、
もう1つ時計を掛けている。

前にも時計はある。
教師は、授業中、基本的に後方を向いている。
(=黒板を背にしている。)
いちいち体ごと振り返って時計を見ていたのでは、
動きが大きくて、子どもたちの思考を邪魔してしまう。

教師が時計をわざわざ見てしまうと、
どんなに賢い子どもでも、
「あ、あと○○分で終わりだ。休み時間にならないかなあ。」
と少しは考えるだろう。

だから、私は教室の後方に時計を掛けている。

これで、視線を子どもたちから大きく外さなくても、時間が分かる。

電波時計でも、1000円出せば手に入る。

2011年11月11日金曜日

1時間の重み

新学習指導要領が本格実施され、
授業1単位時間の大切さが、これまでより身に染みる。

今日、同学年の同僚と何気ない会話をしていたら、
算数も社会も1単元分、私のクラスの方が進んでいた。
別のクラスとは、算数は2単元弱分進んでいる。

週時数はもちろん一緒だ。

どんな行事が控えていようと、「子どもの達成感」を建前に、
学校の本分である授業時間が蔑ろにされてはならない。

その建前に、異様に体育の時間が増えたり、
学活の時間が増えたりしてはならない。

運動会は、どうしても他学級・他学年との兼ね合いもあるが、
極力授業時間は確保した。
算数だけは、やらない日がないように調整した。

横浜市は、(必要か不必要かは別として)行事が多い。
高学年になればなるほど多い。

まずは、この状態でいかに授業時間が確保されるか、
今年度だいぶ浮き彫りになるのではないかと思う。

そして、管理職は、「担任の裁量」だの「教師の腕」だのに
託けないで、行事の精選をしてほしい。
(行事の精選に関してはいつかまた…)

教師の仕事は、あくまで「授業」なのである。

2011年10月23日日曜日

専科

専科の先生にこう言う人がいる。

「担任の先生の授業じゃないとね、どうもだらけてしまって……」

こう言って相談するのならまだしも、
専科の授業時間に、態度が悪いのは担任の指導がなってないからだ、
と主張してくる先生がいる。

専科の授業時間に態度が悪いのは、
それはその授業時間を担当する専科の先生の責任なのである。

私も、実行委員やら横割り・たて割りで、
他学年・他学級の子どもと接することはある。
でも、しっかり話を聞くよう、
出会いは「黄金の3日間」のように、緊張感をもって指導する。
そういう指導をすれば、絶対に子どもたちは変わる。

クラスの子どもたちには「白銀の3日間」で、
「本物を目指すこと」を指導した。
専科の時間に態度を変えるのは本物ではない、
という内容のことも話した。

もちろん、
「夏休み明け、先生は『本物を目指しなさい』と言ったよね?」
を建前に指導はするが、そんなにきつくは言わない。

ある時間、子どもたちを預かったらその人の責任なのだ。
専科の時間に、子どもが誤ってケガをすれば、
担任の責任ではないことは明確である。

授業態度についても、それと同じだ。

冒頭でも述べたが、「相談」という形でなら、
私ももちろん無関係とは言わず、絶対に協力する。

2011年9月15日木曜日

時間

教師の世界では、だいぶアバウトだ。
勤務開始時刻にはうるさいが、勤務終了時間にはうるさくない。

なぜか。

それは、授業時間を守らない教師が多いからである。

私は、とりあえず、1人で行う授業の時は、すぱっと終わる。
チャイムが鳴った瞬間、どんなに賢い子どもでも、
そこで授業の思考は終わる。
もう休み時間モードなのだ。
私もそうであった。

次の時間、冒頭数分を遣って残りをやる。
これで十分だ。

一見、まじめでおとなしそうな女子児童が家庭でこう言っていたそうだ。
「○○先生(私のこと)は、授業時間を守るからいい。
授業時間を守るから、みんなも時間を守って行動するのは納得がいく。」

子どもたちに時間を守らせたいのなら、
まずは、教師が授業時間を守ることである。

なので、私は、教師の後方に時計を1台追加した。
自分で授業中に見るためだ。

授業時間を守るだけで、教師への信頼感は高まる。